UFOREPORT003          UFO年表

1951-1952

◆1951年2月19日、アフリカ、キリマンジェロ上空にて東アフリカ航空機が巨大な砲弾状の物体と遭遇。

◆1951年8月30日、米国テキサス州ラボックにおいて、当時市民の間で目撃され騒ぎとなっていた“ラボック・ライト”の出現を自宅寝室から待ち構えていたテキサス工科大学生のカール・ハートJrは、出現した光体群の連続撮影に成功。モラボック事件?

■1951年8月30日夜、米国テキサス州ラボックにて大学生のカール・ハートが撮影。

◆1951年10月27日、米空軍「プロジェクト・グラッジ」を再開。

◆1952年3月25日、米空軍「プロジェクト・グラッジ」を「プロジェクト・ブループック」と改称。“空飛ぶ円盤”に代り「UFO=未確認飛行物体」が正式軍事用語になる。

◆1952年3月29日、日本国青森県三沢基地上空で訓練中のブリガム中尉は、小さな光り輝く円盤状の物体と遭遇。それは機体に接近し、9〜15メートルに接近したとき、それが直径20センチ位で磨かれたクロームのような物体であることがわかった。

◆1952年7月14日、ニューヨークからマイアミに向かうパンアメリカン航空DC-3のウィリアム・ナッシュ機長は、バージニア州ニューポートニューズ上空で、8個の円盤編隊が接近し、隊列を逆転して飛び去るのを12秒間目撃した。モナッシュ機長の目撃

◆1952年7月19日午後11時40分、米国ワシントン空港レーダー面に突然7個のブリップが出現、2個が急加速して圏外に出た。20日0時と2時にも空港に離着陸する旅客機のそばに未確認飛行物体が確認された。同様の現象はボーリング空軍基地、アンドリュース空軍基地のレーダー面上でも発生し、レーダー技師、 管制官らは対応に追われた。

◆1952年7月26日午後9時30分、再びワシントン空港レーダーが未知のターゲットを捕捉。連邦航空局からの連絡でペンタゴン勤務のUFO担当者アルバート・チョップがルッペルトの連絡を受けてフォーネット少佐がワシントン空港に出向き、海軍電子専門家ホウルコム中尉と共にレーダー室で未確認の複数飛行物体を示すブリップの運動を観察。午後11時30分すぎ、デラウェア州ニューキャッスル空軍基地から発進したF-94戦闘機2機が目標に接近した。しかし、UFOは消失し、その直後にニューポート・ニーズのラングレイ基地上空に同一の物体が出現した。そこでもF-94が追撃したが、ロックオンは破られ?て、UFOは消失。再びUFO群がワシントン上空に現われた。F-94戦闘機がスクランブルすると、今度は戦闘機の周囲をUFOが取り囲んだ。モワシントン・レーダー事件

■1952年7月16日サレム空港で撮影のUFOs。■ワシントンレーダー面の再現写真より。

 

■7月29日記者会見のメンバー中央がルッペルト。■ワシントン事件を報じた新聞。

◆1952年7月29日、米空軍はワシントンレーダー事件について記者会見を行い、ルッペルト大尉、ジェームス大尉、バゥァー大佐などの専門家により、戦後最大最長の記者会見となった。

◆1952年10月17日、フランスのオロロン上空に円筒状物体1個と土星形円盤多数が飛来。白い糸のような謎の物質「エンゼルヘヤ」を降らせた。

◆1952年10月27日、フランスのガイヤックで、円筒状物体を取り巻く20個ほどの土星形円盤群が飛来。ジグザグに飛行しつつ、あるものは3〜400メートルまで降下した。このときも円盤群が去ったあと、白い糸の固まりが長い間降下した。

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